2010年06月24日

我孫子町会館

我孫子町会館

我孫子町会館

あまりにもレトロなので地元の郷土史家である今井さんに訊いてみたら「第一次世界大戦(1914-1918)の時、浜寺公園にあったドイツ軍の捕虜収容所を移築したもの」という回答がありました。
事実かどうか、それ以上調べていないので分かりませんが、浜寺公園と言えば、その前、日露戦争(1904-1905)の時にもロシア兵の捕虜収容所だった所。
と言うことは、ひょっとするとその頃からのものかも知れない。
しかしそれだと、この簡素な木造の建物が築100年以上経っていることになります。
また、第二次世界大戦(1939-1945)後もこの浜寺公園はGHQに接収されていた所で、この時のものだとしても65年は経っていることになります。
まぁ機会があればいつか、もう少し調べてみたいと思っていますが、誰か知ってたら教えて下さい。
それと気になったのが、その我孫子町会館の横に横たわっていた石碑。

我孫子町会館横の石碑と力石

「創立五拾週年記念 我孫子町青年團」とありました。
あと同じく横たわっていた力石。
「ちからいし」と読みます。
「りきいし」ではありません。(笑)
ふたつある石のひとつには「紅鎧」と彫られています。
これもどういう意味なのか?
また、我孫子町会館の横をふと見るとこれまた古い個人宅が。

あびこ観音近くの古い家

あびこ観音の向いにもなります。
蔵が建ってたり、なんと家の屋根が銅板屋根。
これが幻の我孫子神社址だったら・・・と勝手な想像をしてしまいます。

今日はこれ以上書いても、あまり根拠のない私の想像ばかりなので、この辺で。
posted by 湯屋 浸 at 19:53| Comment(2) | 依羅や我孫子、住吉のことなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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