2009年09月23日

大依羅神社 3回目 建豊波豆羅和気王

今日は大依羅神社の主祭神である建豊波豆羅和気王(武豊葉列別命・武歯頬命)(たけとよはずらわけのきみ)について。
とは言っても一般的に言われていることしか分からず、そんなに詳しくないのですが、まず、第9代開化天皇の第4皇子で、皇后ではなく、皇妃であるワシヒメという人との子。
皇后である伊香色謎命(いかがしこめのみこと)の子は崇神天皇なので、崇神天皇の弟ということになります。
また、
道守臣(ちもりのおみ)、
忍海部造(おしぬみべのみやつこ)、
御名部造(みなべのみやつこ)、
稲羽忍海部(いなばのおしぬみべ)、
丹波之竹野別(たにはのたかののわけ)、
依羅吾彦(よさみのあびこ)等の祖ということなんですね。
Web検索では開化天皇や、大依羅神社、依羅吾彦絡みのページばかりがヒットしますので、それ以外の詳しいことは多分あまり語られておらず、詳しい方もほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。
で、とりあえず簡単な系図を作ってみました。
下記の図です。(クリックで画像が拡大します)

開化天皇〜建豊波豆羅和気王〜依羅吾彦

いつの頃からかは分かりませんが、昔この地に依羅吾彦という豪族が住んでいました。
その中の依羅吾彦男垂見(よさみのあびこおたるみ)という人が自分の祖神である建豊波豆羅和気王を祀ったのが始まりであると言います。
「依羅吾彦という豪族がどうしたこうした」ということは色々言われていますが、「建豊波豆羅和気王がどうしたこうした」というのはあまり聞きません。
どういう人だったのでしょうか?
ご存知の方、見てたらコメント下さい。(^^)
またこの系図で、仲哀天皇や神功皇后、依羅吾彦が、一番上の開化天皇を元に繋がっていることが面白いです。
posted by 湯屋 浸 at 18:17| Comment(0) | 大依羅神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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