2009年12月23日

大依羅神社 6回目 息長帯比売命(神功皇后)

以前書いた記事の文章そのままですが、
第14代仲哀天皇の妻である神功皇后 (じんぐうこうごう) は、仲哀天皇崩御後、朝鮮(新羅)出兵の時に、その住吉大神から「和魂は王の身を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くだろう」と教えを受け、住吉大神を祀るため、元々自分に仕えていたその地方の豪族である依網吾彦男垂見(ヨサミノアビコオタルミ)を祭りの神主としました。
これが大依羅神社との関わりです。
大依羅神社は依網吾彦男垂見が自分の祖神である建豊波豆羅和気王を祀ったのが始まりであると言われています。
現在は旧神楽殿に祀られています。

大依羅神社旧神楽殿

大依羅神社旧神楽殿神功皇后

ただ何時からこの大依羅神社に祀られたのかは分かりません。

神功皇后は建豊波豆羅和気王と同じく第9代開化天皇を祖とします。
父がその開化天皇の子孫である近江の国の息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)で、母は天之日矛(アメノヒボコ)の子孫である※葛城高(桑頁)媛(かずらきのたかぬかひめ)です。
※このブログでは「ぬか」という字が表示出来ないのですが、()の中にあるように、桑偏に頁です。
応神天皇のお母さんですね。
安産の神様としても有名です。
天日矛は阿加流比売の話なんかでも知られていますが新羅出身です。
恐らく葛城族が天日矛の子孫とひっついたんでしょうね。
日本書紀によると天日槍は新羅の王子で、日本に来たのは第11代垂仁天皇の3年春3月とあります。
posted by 湯屋 浸 at 20:42| Comment(0) | 大依羅神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。